豊能障害者労働センターを訪ねて(その2)

 

 「どこにも行くとこあらへん!」という養護学校を卒業した一人の脳性まひの少年の叫びから始まった労働の場づくりは、当然のように平坦なものではなかったことは容易に想像がつきます。その一端でも知ることによって、いろいろな面で改革・改善を試みようとするステップワンの職員の意識が変わればとの思いの研修でした。

 先ずは「分け合うのが原則」という発想がステップワンにはなかっただろうと思います。能力主義の問題やその克服については意識を持っていても、現実的に例えば給与についても分け合うという発想は出てきませんでした。そういった問題について、副代表の新居さんからお話を聞きました。

 「最低賃金はクリアしているけれど、分け合うのが原則なので何年経っても昇給しない」という話に、ステップワンの職員は自分の生活を振り返りながら衝撃を受けただろうと思います。

障害者も健常者も金額的には同じくらいで、一人暮らしだと家賃分くらいの手当があったり、年金をもらっていない人は上乗せがあるそうです。健常者は家族がいると共働きで何とかやりくりしているとのことでした。障害者労働センターに勤めて長い人は長く、どこでも同じですが一般的に年齢が高くなってきているようです。

 「給料のことは予め分かっています。要は働きがいにつながっているかどうかではないですか?」の言葉、そして「楽しければやりくりするもんです」に、もう一度「働くって何だろう?」と考えた私たちでした。

 新居さんからは箕面市の障害者事業制度について詳しく教えていただきました。次回から紹介したいと思います。

 

 

 

研修報告

 豊能障害者労働センターを訪ねて

 

   529日(月)、今年も県外研修に出かけました。去年は神戸市の「えんぴつの家」でお世話になりましたが、今回は大阪箕面市にある豊能障害者労働センターを訪ねました。会報にも書きましたが、ステップワンが誕生した頃は大阪や兵庫の方々に作業所作りのノーハウ、コンサートの企画や運営についてたくさんの教えをいただきました。そんな縁もあっての「大阪へ行こや!」になりました。

   事前にセンターから行程を送っていただき、箕面駅からの道筋も詳しかったので無事に豊能障害者労働センター事務所に到着。「キャベツ畑」のお弁当をいただきながら事務所の雰囲気や人の動きを見ながら、「なんか自然やなあ‥‥」と当たり前のような感想。お弁当は職員の皆さんと同じのようで、担当の方が職員の方に「味はどうやった?」と食後にミニアンケートのようなことを始めたので、こちらに回ってきたら何と答えようとヒヤヒヤ。しかし本当においしい焼肉弁当でした。午後1時になると、誰からともなく機関紙発送作業が始まりました。作業を見せていただきながら障害者事業所制度、通信販売、機関紙発送などの事業について障害者スタッフの皆さんから説明を受けました。その後、リサイクルショップの見学へと移りました。長くなりそうなので詳しい報告は後日にします。

 

  何はともあれ、1982年養護学校を卒業した一人の少年の「どこにもいくところあらへん!」という叫びをきっかけに生まれた豊能障害者労働センターと1985年「昼間だけでも居る場が欲しい!」という障害者の親の声をきっかけに作業所作りを始めたステップワン。同じような想いが原点としてありますが、理念を現実に移していく上で大きな差が生まれてしまいました。どうすればステップワンが変わっていけるのかを視点に考えていこうと想います。

 

 

「春の討論集会」に参加して

 

自然に」が一番むずかしい

 

宮崎 吉博(三重県 伊勢市)

 

 

    村上健一さんのエッセイに魅せられて

   久し振りに「こんな人に会ってみたい!」と思ったので東京に出かけました。

 「ゆきわたり」2月号に掲載されている村上健一さんの「正月、電動車いすで、厄払いに行ったとき」を読んでその痛快さに気分が昂ぶり、村上さんという人に会いたくなって咄嗟に東京行きを決めました。

  ところで、「春の討論集会」への参加は一体何年ぶりになるんだろう? 篠原さんとは何年会ってないんだろう? そんなことを考えると余計に気持ちが募りました。でも東京は遠い。そこで気持ちを固めるためにNPO法人ステップワンの会報に「この一年 ~『そよ風のように街に出よう』の終刊と時代の終焉~」と題した文を載せて、村上さんの文を紹介する了解を得るためにどうしても東京に行かないと(本当は電話で済むのですが)。そんな気持ちにしました

   この一年、さまざまな出来事がありました。「西の『そよ風』、東の『福祉労働』」とも呼ばれる関西の「そよ風のように街に出よう」が終刊を迎えることになり、更に編集長の河野秀忠さんの転倒事故に続く入院、リハビリと辛いニュースが続く中で、相模原障害者殺傷事件が起こりました。障害者差別解消法が施行された年にです。何かひとつの時代が終わりを迎えているような気がしました。そんな雰囲気と共に歳の所為か、自分の心身が大きな事件の衝撃に耐えられない脆さ、何もできないことのもどかしさ、いままで何をやってきたのかという後悔、そんなものがない交ぜになって重い気分のままでした。そんな時に村上さんの文に出会ってホッとしたというのが本音です。これは「是非とも、みんなに読んでもらうために了解を得なければ」と考え、東京に出かけて大正解でした。

 

 「合理的配慮」ではなく「自然に手伝う」って?

   春の討論集会。先ずは村上さん。「この人は想像したより大きい(人物は勿論大きそうですが、ここは身体です)」、失礼ですが第一印象です。地元の神社の人たちの動きが目に浮かぶようです。ステップワンには巫女さんを経験している職員がいて、神職さんの連れ合いさんと「前にいた神社はどうだったか?」と話題にしてくれたとのことです。おそらくは村上さんが「まだまだ世の中捨てたもんじゃない、あったかいよ」と表現した雰囲気を大切にしながらの会話だったのではないかと嬉しくなりました。

  村上さんは日常生活の中で出会ういくつかの事例を挙げ、「合理的配慮云々」ではなく「自然に手伝う」「自然な姿」の大切さを話されました。そこで僕は「自然な姿って何だろう?「自然に はどうやってつくられるんだろう?」と、おそらくは答えようのない問いかけをしてしまいました。

   村上さんは「路線バスの真ん中のドアから乗ると跳ね上げ式の椅子があり、そこに座っている人にはどいてもらうことになる」と話されました。乗り慣れてはきたものの違和感はあるそうです。5分くらいかかるから、きっとイライラしている人もいるんだろうと思うそうです。みんながみんな気持ち好くとはいかないだろうし、同じ人でもその日、その時の気分や置かれた状況によってさまざまだろうと思います。ここは要するに「自分でどう納得するか」だろうと思います。例えば、大変だなあと思いながら待って見ている人、待たされて不愉快だと思う人、自分も何かできないかと思う人、いろんな思いがあるのでしょう。いくら合理的配慮の学習をしても、その場その時の気分を好い方に向けることはできないだろうと思います。それよりはそういった場面に何度も出会っていくよりないのではないでしょうか。それこそ自然に慣れていくことが一番なのでしょう。

   今泉さんも幾つかの事例を紹介しながら「温かい目で見守ってほしい。本当に困っているかどうかは聞いてみないとわからない。声をかけて」「何よりも身近に障害者がいることが大事」と話されました。いずれにしろ自然に一緒にいることの大切さを感じました。

   今泉さんの話で興味深かったのは、障害者の中でも温度差があるので「何でそこまで他人にやってもらうのか?」と思うこともあるそうです。身近にいる障害者や親の中にも同じようなことがあり、どこでも一緒だなあと思わず苦笑してしまいました。

 

  「合理的配慮」からの逸脱OK!に納得

   自分としては合理的配慮のマニュアルと自然な姿は相容れないものであると考えていた節があります。障害者差別解消法についての研修で話をすることがありますが、必ずと言っていいほど「合理的配慮の具体例を教えてほしい」という要請が多く、自分の話したい法に至るまでの経過や国際的な歴史や背景には余り関心がないようです。健常者中心の合理的配慮の研修会やマニュアルの作成が続く中で、法と引き替えに何かを失ってしまうような気がしてなりません。そんな思いもあって、人の言葉や行動は決めたように一律にはいかないから必要なのはマニュアルじゃないだろうと考えていました。

   村上さんは「マニュアルは必要だろう。そこから先、逸脱することがあってもいい」として、「あくまでも例であるので、自分にどう落とし込んでいくかではないか」と話されました。そうなんだなと納得しました。どうも研修の場で「どうすればいいのか」ばかりにこだわる人を多く見てきてうんざりしていた所為かもしれません。これからは「自分の生活の中でどう自分のものにしていくかですよ」と話してみたいと思います。合理的配慮という言葉を知らなくても、それと同等かそれ以上のことを易々とやってしまう人がたくさんいます。それは講演や研修会で身についたものではないんでしょう。どうやって自然に身につけていったのでしょう。やはり「自然に…」が一番むずかしい。

   村上さんの文章で秀逸なのがフェイスブックのくだりですが、神社での一連の動きを「しっかりとした合理的配慮」とコメントした方と村上さんとのズレも、公式(マニュアル)と自然体というか、この辺りにあるような気がします。

 

 東京はどんどん地下へと発展?!

    だから、バリアフリー化?!

   篠原さんからは、「地元のバリアフリー化の現状は?」といった問いかけをいただいたのですが、うまく現状を話せなかったような気がします。地元の市長はバリアフリーに熱心だし、伊勢志摩バリアフリーセンターがあり観光にかなり役立っており意識もかなり高い団体で行政をリードしているように見えます。ただ東京を歩いてみて思ったのは、バリアフリーの重要さが田舎とは格段に違うということです。田舎なら数人の人の手を借りて済むことが東京では不可能な気がします。どんどんと地下へと発展(?)していく都会、下を見るだけでも怖くなるエスカレーター、駅の構内だけでもどれだけ歩くのか、大きな荷物を持っているとそれだけで邪魔になるような人の混雑、それはいろいろな工夫がいるだろうなと思いました。優先席でなくてもほぼ座れる電車に乗り慣れている人間には、東京では話題になるマークやバッジもなじみがありません。おそらく地元の人には「そんなものまであるの?」という感じだと思います。

   とにかく行って良かった「春の討論集会」であり東京でした。夜遅くなるとほとんど人通りのない田舎の駅に降り立ってホッとした次第です。

 

 

 

 

 

正月、電動車いすで、

 

厄払いに行ったとき

 

村上健一(東京・町田市)

 

 

 

 先日、こんなことがありました。

  今年、大厄にあたり、厄払いで地元の神社へ。神社の社殿へは階段が数段あったはず。

  電動車いすに乗って生活している私ですから、行けばひと騒動あるだろうと躊躇っていたのですが、大厄というのも気になって、やっぱり向かったのでした。

到着後、社殿を一周見渡し、中へ入るスロープなどがないことを確認。

神社の脇の駐車場に、車払いの方はこちらでという案内を見たので、最悪ここで形だけでも厄払いか、車いすの車払いでもしてもらうかなどと、自分なりに笑える落ちも見つけたところで、いざ受付へ。

「大厄の厄払いをお願いしたくて来たのですが」

受付に座っていた人は私を見ると、首を伸ばしてのぞき込み。

「少々お待ちください」

受付の奥では、さてどうしたものかと話し合いがされているご様子。

数人が、受付のある建物から出て行きました。

ある人は、神社の本殿を確認しに行ったようです。

またある人は、僕の車いすの具合を少し遠くから確認し、「大きいな」などとつぶやいているようでした。その人たちが戻ると、受付の奥も慌ただしくなってきました。

こうなるよねとは思っていたので。

「あの~、出直しましょうか? あるいは

「大丈夫です。もう少しだけ相談させてください」

ついには祈祷師さんや巫女さんらも集まり、あーでもない、こーでもないと。

いやぁ、やっぱり大ごとだ。

まぁ事前に連絡もしていなかったし、ここは少し引いてみよう。

「あの~、車払いはそこの駐車場で行うんですよね? そこで払ってもらうわけには

「いえいえ外は寒いですし、もう少々お待ちくださいね」

 駐車場ではどうだこうだという声が奥から聞こえた後、しばらくして。

「今、板をお持ちしますので」

「え、板? 板があるんですか?」

すると神職さんたち数人が、えっさほいさと数枚の板のようなものを運んできました。

「これでどうですか?」

「これ駐車場の看板じゃないですか! まさかスロープにですか?」

笑顔でうなづく神職さん。

「いやバチが当たりますよ、割れちゃいます。仮にこれが頑丈な板だとしても長さが足りないです」

別の神職さんが手を挙げます。

「では大急ぎで物置を片付けますので、そこでいかがでしょう?」

「それも申し訳ないですよ、僕は外で全然構わないですよ」

すると巫女さんのひとりが。

「現在数名の巫女がおります。巫女は若くて力もありますし、何名いたらこの車いすは持ち上げられますか?」

この提案にはびっくり。神職さん達は皆ご高齢、なるほど、巫女さんに神輿のように運んでもらって、ミコにミコしでこりゃ年の初めから縁起が

「いやいやいやっ、やめましょう。ケガさせちゃったら大変です」

そうこうしていると祈祷師さんが。

「では私がここまで降りて来てお払いいたしましょう、外でもよろしいですか?」

「はい、ありがたいです」

 

青空の下の公開厄払い。

社殿の中の様子が見えるように、普段は閉じている扉を開けてお払い開始。

お払いの言葉が聞こえないからと、先ほどの巫女さんが私の後ろについて解説を。

いいんです、これが一番平和な形です。

祈祷師さんが僕の前まで降りて来てシャンシャンシャン。

最後に巫女さんにお神酒を飲ませてもらって、厄払いは無事終了。

それにしても神社の皆さんには、本当に感謝。

いやぁ寒空の下でしたが、温かい、なかなかメモリアルな厄払いとなりました。

―という体験談をFACEBOOKにアップしたんです。

するとある人が、「両者建設的な対話がなされて、しっかり合理的配慮をしてもらえましたね、いいお話です」と、コメントを寄せて来たのです。

 

 ちょうど榎本さんから春討で「障害者差別解消法」「合理的配慮」をテーマにしゃべってほしいと言われ、放っておいてくれよ、合理的配慮なんて意識して生活していない-と

逃げていた最中の出来事。

 私はコメントをもらうまで合理的配慮の合の字も意識していなかったし、むしろ、久し振りに街中で、ごちゃごちゃとせめぎ合ったぞと思って、まだまだ世の中捨てたもんじゃない、あったかいよってアピールもしたくてFACEBOOKにアップしたつもりだったので、ショックでショックで。

 春討のテーマはその後「バリアフリー化の現状を歩く」に変わったようですが、これは逃げずに一度向き合ってみないとなと思うきっかけとなりました。

 

 同じくお話をする今泉さんは,大学の先輩で,私の師匠的な存在です。私が学内で授業を受けようとするも,車いすで階段を越えられず(学生の手を借りて持ち上げてもらうやり方)、部室へ行くといつも煙草をふかしていた先輩です。目ぇ見えないのに上手に(見る人によっては危なっかしくて仕方がないようですが)煙草に火を付ける人だなぁ、これが先輩の第一印象。煙突を立てながら先輩は、「まぁそんな日もあるさ」と。「介助を頼む時もがっついて頼んだらビビられるよ、うまく行きゃラッキー、うまく行かなきゃまた次でってくらいでいいんじゃない」「カップルに頼んでみな、男は女の前ではかっこいいとこ見せようとするもんだよ

  今泉さんからは、学生生活の送り方(サボり方)と介助を頼む時の距離感、それと煙草を教わりました(笑)。当時僕はまだ手動の車いすでしたが、目の見えない今泉さんが僕を押し,僕が目となって、いろんなところに遊びに行ったりもしたものでした。

  そんな今泉さんと篠原さんとの語り合い。篠原さんは僕のゼミの担当教員であり、入学前の面接の時から学内生活も、その後もずーっとご指導いただき、昨今では,昨年、私の結婚式の時にこれでもかってくらい熱く長い乾杯の音頭を取っていただいた御仁です。

 「ゴチャゴチャと居合う中のせめぎあいの関係性こそ」を学生生活の中で私が経験していった,議論し合った時代に,とても近くにいた二人との対談。内輪な雑談にならないか心配ではありますが、とても楽しみでもあります。

 「合理的排除」、あっ、いや「合理的配慮」でしたね。私は好かんです、この名称。どんなものなんでしょうか。

 当日はよろしくお願いいたします。

 

 

 

 2月5日(日) 人権講座を開催しました。 ステップワン作業所に 鈴木健一伊勢市長にお越し頂き、「これからの福祉」についてをお話を頂きました。 

 

 お話を聞かせて頂いて感じた事があります。鈴木市長はとても福祉に力を入れていると思いました。「福祉の人材育成」「現場の声を!」この2点がとても印象深く残っています。私自身のことも含めて、人材育成はとても大切だと思います。人を育てる事はとてもとても難しいです。毎日が手探りのような状態ですが、「人材育成」なくしては将来の展望がないと考えます。

 次に「現場の声」を大事にする事によってよりよい支援に結びついてくるのではないかと思います。果たしてそれができているのか考えていきたいと思います。

最後に、コミニューケーションが難しい方の気持ちも大事にしたいと思いました。

 本当に今日はありがとうございました。

 

 

 

研修報告

研修名 えんぴつの家

場所  神戸市三宮

日にち H28.5.16

 

研修内容

・パン工場の見学

・自立センター見学

・ケアホームの見学

・「えんぴつの家」の設立についての説明を聞く。

 

 

職員の感想

Aさん

・ 利用者の方が全員で楽しめるように、支援員の全員が同じ方向で進んでいけるようにする事が大切だと思いました。今後は若いボランティアさんの力がとても大切だと思いました。生活の中で一つでも出来る事を増やしていく、地域に出かけ利用者さんの事を1人でも多くの人に知ってもらいたいと思いました。

 

Bさん

・ 松村さんの揺るぎない信念が利用者・支援員全体に伝わっており、上手く運営されているのだと思いました。

 

Cさん

・ ボランティアさんを増やしていきたいと思いました。

 

Dさん

・ 障がい者が当たり前の生活をするという事は、難しく複雑な事なのか・簡単でシンプルな事なのだろうか。

これからも利用者の笑顔がたくさんみれるように過ごしていきたい。

 

Eさん

・ たくさんの人数だから出来る事、少人数だからこそできる事、規模や環境は違っていても、今のステップワンに足りない事、一番大事な事は何かについて考えさられました。

1人ひとりが自信を持ち力強く笑顔のある姿が印象的でした。

 

Fさん

・ 今、できる事は一体、なんだろか?やれる事はどんどんやっていきたいと思いました。その為には、様々な方のご協力・ご支援が必要だと感じました。とても良い経験となりました。

 

  5月15日(日)の新道のお店「すてっぷわん12周年記念バザー」の代休を利用して、16日(月)に職員研修で神戸に行ってきました。ステップワン作業所を立ち上げる時、お手本としようと思ったのが「えんぴつの家」でした。当時は学校の先生をしてみえた松村敏明さんを訪ねてステップワンの何人かで見学に行きました。作業所を立ち上げるかどうかで迷っていた頃、東京の北村小夜さんから「いいとこさがしよりは、いいとこを作ったほうが良い」と言われ、その言葉を頼りに動き始めた30年近く前のことです  

 久しぶりにお会いした松村さんはとてもお元気で、「えんぴつの家」の歴史などをお話しいただいた後、パン工場、自立センター、グループホームなど数か所を案内していただきました。職員の体制が大きく一変した今のステップワンにとって、とても意義深い研修になりました。何よりも松村さんの姿勢そのものに感銘を受けたようです。感想や報告は随時、掲載していきたいと思います。

 

 

 

ステップンが原点としている場所

神戸にある「えんぴつの家」です。

 

「地域でともにいきる」事を大切にしている場所です。

 

原点を大切にし、活動していきたいと思います。

今後もご支援・ご協力よろしくお願いします。

 

 

 

今後も研修報告を更新していきます。